シドニーへ行こう!!

そう決めたのは先週の土曜の夕方。事情があって次の月曜日から始まる予定だった学校が1週間伸びて再来週の月曜日からになったのだ。さて、この1週間何をするかと考えた。学校が始まるまでに私はサーフィンをしたいと考えていた。しかし何せやったことがないから、1から教えてもらわねばならない。そして英語での説明では絶対に理解できない。危険なスポーツだろうからやはり日本語で習いたい。そこでメルボルンに日本人インストラクターがいないか色々調べたのだが、結果として「いない」ということが分かった。ゴールドコーストなどのサーフィンのメッカに行けばいるとのこと。そんな遠くまで行けないし…と半ば諦めていたのだった。


しかし、土曜日に学校が月曜日から始まらないとわかり、このまま1週間を無駄に過ごしたくない!と思った私はシドニーに行くことを決めた。ネットではシドニーに日本人インストラクターがいるとのこと。しかし電話してもコールはするがでない。しかし、天下のシドニーだ(?)ボンダイビーチという有名なビーチもあるし、ここなら必ず日本人インストラクターがいるだろうと勢いで夜行バスの予約をし、大きなバックパックに適当に荷物を詰めて旅立ったのだった。「これをやろう!」と決めたら即実行する所が、母に言わせると「父似」らしい。


夜行バスは2階建てでかなりキレイだ。アジアでの夜行バスしか経験していない私にとっては「きっきれい〜!!」と感動してしまった。私の席は残念ながら下の階。ドライバーの側の前から2番目だった。幸い隣に人がいなかったので2席を占有することが出来た。ドライバーの人は男前で陽気なおじさん。私が日本人であることがわかっていたからか、最初の挨拶の中で「私は日本語を話せます。おはようございます。こんにちは。さようなら。」とな。最後がきちんとさようならで完結していたので笑ってしまった。他にもフランス語で「愛してる」という言葉を話していた。(大学で第二外国語はフランス語だったのに覚えていない…)街を抜け高速に入ると両側は何もない。大地が広がっている。オーストラリアって広いんだなぁと実感。ドライバーが「よーく見ていれば野性のカンガルーが見えるよ」と言っていた。一番前の左側の席の青年はドライバーの隣の椅子に座ってドライバーと話しながら熱心に動物を見つけようとしていた。暗くなる前から映画が始まった。私の前の席はカップル。仲がよろしいようで…そして後ろは大イビキをかいて早速寝ているおじさん。だんだん暗くなってきて外を見ても何も見えないので映画に目を移しているとラブシーンになった。「ラブシーン→仲良しカップル→私→イビキのおじさん」という構図になった。なんだかなぁと思っているうちに映画が終了。私も後ろのおじさんを見習って寝ることにした。シートに丸くなって横になる。こう言う時だけ「背が小さいのもいいんじゃない?」と思える。シートにすっぽり体が収まるからだ。


うつらうつらしていた時、ドーンッという大きな音がして、その後すぐに上から土砂が降ってきた。目を覚ましながら、瞬時に「土砂が降ってくるわけ無いから、上の棚にコーヒーの粉でも乗っていて、何かの衝撃で棚が壊れたんだ」と考えた。しかし目を開けるとそこにはガラスの破片がばらまかれていた。運転席からは悲鳴に近い声が聞こえる。そして前の席の女性が慌てて「大丈夫?」と運転席へ向かった。私もビックリして運転席に向かった。事故にあったのだと思った。ドライバーが頭から血を流している光景が頭に浮かんだ。ドライバーは無事だった。が、バスの大きなフロントガラスの左側に大きなヒビが入っていた。そのかけらが私の上に降ってきたようだ。事情を聞くとカンガルーが暗闇から飛び出してきてぶつかったらしい。以前聞いたことのある話だったのだが、やはり自分の身に起きると驚いてしまう。ドライバーはひどく混乱し嘆いていた。すぐに何かの団体の車が到着しドライバーと話し、当たりを捜索し始めた。その内に警察もやってきた。ドライバーは号泣していた。前に座っていた青年も目撃してしまったのか、号泣していた。しかしこの号泣は私には少し驚きだった。もちろん、愛する動物をひいてしまったらかなりショックだが、ドライバーの嘆きは本当に大きな物だった。それでも、彼はドライバーとして私たちに状況を説明しなくてはならない。バスに戻ってきて話し出す。が、すぐに声が詰まって涙がこぼれる。しかし懸命に話す彼。その後も外で号泣したりバスを殴ったりしていた。時刻はちょうど10時だった。既に3時間走ってきている。代わりのバスが来るまでにそれくらいかかるのかと思うと、少し憂鬱だった。私の席はガラスまみれになっていた。髪の毛にもガラスの破片がついていて何度も払い落とした。ビーチサンダルにガラスが刺さっていて、それを取ろうとした時指にガラスが刺さってしまった。かなり痛い。そしてガラス自体は見えない。切った痛みなのか、中にガラスが入っている痛みなのかわからない。前の席の彼も同じように指に傷を負っていた。彼は泣いている青年の隣に座り優しく励ましていた。


私も外に出てみたが、カンガルーは体当たりした後、そのまま道路を突っ切っていったようで、捜索隊が道路の反対側の平野に懐中電灯を持って入っていくのが見えた。フロントガラスのヒビと車内のガラスの散乱をみて、横からぶつかると対角線上にガラスが飛ぶ物なんだなぁと思う。左側の席はほとんどガラスは無かったが、ドライバー側の右の1列目と私の2列目がひどい有様だった。私は横になって眠っていたのが幸いした。もし起きていたら事故を目撃したどころか、顔面にガラスが飛んできた所だった。もしかしたら目に入っていたかも知れない。そう思うと恐ろしい物だ。


1時間半後には新しいバスが到着した。ドライバーが戻ってきて一階にいた一人一人に声をかけていく。落ち着きを取り戻したかのように見えたが、精一杯頑張っているように見え、その姿は痛ましかった。私に「大丈夫かい?」と聞いたので、「私は大丈夫だけど、あなたは大丈夫?」と思わず彼の頬に手を当てた。すると彼は悲しそうに微笑んで人差し指を立て、唇に当てて「シー」と言った。私はうなずいて、彼の肩をポンポンと叩いた。そうだよね。気丈に頑張っている時に優しい言葉や慰めの言葉をかけられたら、頑張りが崩れちゃいそうになるものね。彼は長年ドライバーをやってきたが、カンガルーをひいてしまったのは初めてだと言っていた。これからも彼がドライバーとして仕事を続けられるといいなぁと思った。


2時間後には新しいバスが出発し一路シドニーへ。夜中の2時半頃バスを乗り換えたりしながら、結局3時間遅れでシドニーへ到着。
さて、こんな始まり方をしたシドニーショートトリップどうなることか…