母

このところ父の命日を前後して、というか8月全般にわたって調子が悪かった。食事も殆ど取らず、一人で鬱々としている日々だった。
そんなおり、母が実家に戻ってきたら?と提案してくれた。一人で家にいるよりも、誰かと一緒に生活したほうがいいんじゃない?そうしたら食事だってきちんと食べられるし、一緒に散歩も出来るし…と。


とことん調子が悪かった時で、母の心配が、気遣いが心にしみて涙が出そうだった。すぐに実家に帰る事になった。夫も一緒に。


実家に帰ってからも調子は思うように良くならず、そんな自分にもイライラして、母に対しても仏頂面の時が多かった。母の話にも半分くらいしかうなづけない。会話にならないがいろんな話をする母。


「今日は何が食べたい?」と聞かれ、食欲と気力の無い私は「別に何でもいい…」とボソッと答えただけだった。「ビール買ってきて」それだけ言った。母は買い物にでかけた。


とにかく陽気に話しかけてくれる母に対して、私の反応ときたら能面の大仏みたい。動かず表情も変えず、ボソ、ボソっと時々話す。母に悪いなぁと時々思う。でも体も心も言う事をきかない。


帰ってきた母がまた今日の出来事をいろいろ話して聞かせてくれる。私はテレビを見ながら時々うなずく。すると母が「ケーキの材料買ってきちゃった」と言った。「スポンジケーキなんて簡単だったよねぇ?」


明日、9月1日は私の誕生日だからだ。母の何気ない一言に驚いた。母がケーキを焼いてくれる。私の誕生日のために。昔、よく母と弟と一緒にケーキを作った映像が頭の中をよぎる。とっても温かい懐かしい思い出だ。今でも鮮明に思い出せる。弟と一緒にデコレーションに凝ったっけ。


「明日はnekosiroちゃんの誕生日だからね。」「ケーキを焼いてあげようと思って」と母が言う。なんだか、とてもとても嬉しかった。母に誕生日ケーキを焼いてもらえる自分がとても嬉しかった。何年ぶりだろう。いや、十数年ぶりだろうか。「スポンジケーキの材料ってなんだったけ?」「でも簡単だったよねぇ」「小麦粉とベーキングパウダーと生クリームと…」「お菓子の本はどこだっけ?」と話す母。


夕食は母と二人で食べた。夫は今泊まりこみで仕事をしているからだ。母が誕生日ケーキを焼いてくれると言ってくれた事で私の心はほっこリ温まって、とても軽くなっていた。硬く固まってしまったものが、少しずつ溶けるように。夕食の時は母といろいろ話した。母はお菓子作りの本を見ながら「慣れている人だったらすぐに作っちゃうんだろうけどね…」と言う。去年の誕生日も実家で迎えたが、買ってきたケーキだった。今年に限って、自らケーキを焼こうとしてくれている母の思いが嬉しかった。


明日は母の作った誕生日ケーキが食べられる。今から嬉しい。明日から頑張れる自分を想像する。明日から元気になれる自分を想像する。あんまり想像し過ぎると、出来なかった時にショックが大きいからここら辺で辞めておこう。でも、母がケーキを焼いて私の誕生日を祝ってくれるという事は私を大きく励ました。明日から少しずつやれることをやっていこう。前に向かって歩いていこう。明日は私の27歳の誕生日。母が生んでくれた日。その母に感謝しつつ、今の自分を一生懸命、今の自分に出来るだけ頑張って生きていこう。